ロープ 映画。 『ロープ』: 映画フェイス

ロープ 戦場の生命線 : 作品情報

ロープ 映画

映画『ロープ』を無料でフル視聴できる動画配信サービスの一覧です。 各サービスには 2週間~31日間の無料お試し期間があり、期間内の解約であれば料金は発生しません。 配信状況により無料ではない場合があります。 ロープ 評価• 点数: 80点/100点• 摩天楼が見える、ある1室。 自信家のブランドンとピアニストのフィリップ、そしてデイビットは大学時代の友人。 ところが、ブランドン ジョン・ドール とフィリップ ファーリー・グレンジャー の2人は結託して、ディビットを絞殺。 遺体をチェストの中に隠す。 自分たちの優秀さをみせつけようと殺したらしい。 これから、フィリップの送別会が行われるため、部屋には何も知らない招待客が集まってきた。 送別会には、ディビットの両親であるケントリー夫妻 妻は風邪で欠席。 、デイビットの婚約者ジャネット、大学時代の寮監ルパートなどが出席。 家政婦ウィルソンは、ブランドンとフィリップのいつもとは違う様子に気が付いていた。 奇妙なことに、食事はいつものテーブルではなく、チェストをテーブル代わりにして始められます。 ところが、いつまで経ってもディビットは来ない。 心配した父親が息子と連絡を取ろうとするが。 皆より少し遅れて、大学の寮監だったルパート・カデル ジェームズ・スチュアート が登場。 なんとか落ち着かせようとするブランドン。 人には見せない芸術だ。 招待客は、映画談議などで楽しく過ごす。 ブランドンは、ディビットを殺したロープで本を縛り、ディビットの父親に渡す。 そのロープが凶器だと知ってか知らずか、こんなおかしなパーティはつまらないと、送別会は解散。 招待客が帰るなか、この場にいないディビットのイニシャル入りの帽子を間違えて出されたルパートは、ディビットの死を確信します。 動揺するフィリップを尻目に、タバコ入れを探す振りをするルパート。 隠し持った銃で襲おうとする、ブランドン。 ついに、チェストを開きます。 そこには、ディビットの遺体が。 ルパートはこの事実を警察に知らせるために、銃声を3発、窓に向かって放つ。 ニーチェの超人理論を誤解して自分達が優秀だと自慢したいらしい。 こうして拙い犯罪はもろくも崩れたのであった。 ロープ 感想・レビュー(ネタバレ) 映画『ロープ』について、 感想・レビュー・解説・考察です。 死体を見つけるまでの55分間 なんとも奇妙なサスペンスです。 冒頭で、自らのエリートさを見せつけるために殺人事件が起こります。 その後は、いつ死体が見つかるのか、どう犯人を追いつめてゆくのかが焦点になります。 ヒッチコックの作品の中でも、評価が分かれるらしく興味深い作品。 仕掛けはとてもシンプルなのに、観だすと止まらない面白さ。 単純明快なストーリーなのに複雑化して見えるのが本作の魅力です。 ワン・シーン、ワン・カットで撮影され、まるで舞台上の出来事をリアルタイムで観ているかのよう。 本作では、探偵役ルパートを演じたジェームズ・スチュアートの演技も素晴らしい。 殺人者の視点から、探偵役の視点へと移りますが、死体を見つけるまでの緊張感はたまりません。 パーティの客に気づかれないのかしら?筆者は、ジェームズ・スチュアートが好きで観たのですが、彼の登場までの時間が長い!家政婦のウィルソンさんが、ルパートに熱を上げていたりと彼の説明はあるのですが、この時間差や何も知らない招待客がパーティに集まる状況にニンマリします。 小道具の使い方も滑稽で、凶器として使われたロープで大切な本を束ねてあったり、帰り際、この場にいないハズのデイビットのイニシャル入りの帽子が出て来るシーンなどにも注目して下さい。 現代の映画がCGなどを駆使して多くの事柄を詰め込みすぎている作品ばかりであるが、ヒッチコック作品は、センスある撮影技法や小道具で多くの仕事を可能にしている点を改めて評価したいと思います。 ニーチェの超人理論と殺人 ニーチェの哲学は面白い。 本作では、自分の優秀さを見せつけるために殺人が行われますが、その動機の元になったかのようにニーチェの哲学が使われていますね。 どうも誤解をあたえかねないと思うのですが、決してニーチェの哲学のせいではありません。 昔から、ニーチェの哲学はナチスの思想と関連が深いように思われて危険だとみなされてきた。 その背景から、殺人のきっかけになったと思わないでほしい。 優れているから、人を殺してもいいという理論は通じない。 劇中でルパートは、2人に殺人を告白させようと言ったのだ。 また、ヒッチコック作品にはあらゆる古典からの名言がたくさん散りばめられています。 知的な会話を見逃さないで。 ロープ まとめ 数あるヒッチコック作品の中で、本作ほど変なサスペンスもないだろう。 多くの人が、ヒッチコックの映像技法に目がゆくのだけど、それ以外の精神性も見てほしい。 単純明確なストーリーと知的な会話、2人の殺人者の対照的な態度など見どころが満載です。 ジェームズ・スチュアートをはじめとして、ヒッチコック作品の常連俳優が出ている点にも注目してほしい。 例えば、ピアニストで小心者を演じたファーリー・グレンジャーがヒッチコックの「見知らぬ乗客」 51 に出演など、各々の俳優を追いかけてみるのも面白い。 きっとヒッチコックの意図するものが見えてくるはずです。 本作にもし違和感を感じる観客がいるとしたら、カラー映像だからではないでしょうか。 それから、ヒッチコック監督がちらりと写っているシーンに気が付きましたか? とても小さく映っているので気づき辛く、最後までファン泣かせの作品です。

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『ロープ』: 映画フェイス

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|||| ||||| ロープ( Rope ):アルフレッド・ヒッチコック アルフレッド・ヒッチコック( Alfred Hitchcock )の映画「ロープ( Rope )」は、色々な点で映画作りの常識を破るような作品である。 まず、構成が型破りだ。 作品全体が、ワンシーン・ワンカットでできている。 舞台はマンションの一室で、そこに複数の登場人物が出てきて、様々な会話を交わすという設定だ。 まるで、一幕ものの舞台を見ているような感じなのだ。 舞台と違うところは、適度にカメラアングルを変えたり、クローズアップを挟んだりして画面にある程度の変化をもたらしているところだが、それにしても、普通の映画とは全く違うイメージでできている。 また、これはミステリー映画なのだが、普通のミステリー映画とは大分異なっている。 映画の最初の所で殺人事件が起こる。 その事件を別の登場人物が暴いていく、というようなストーリーだ。 こうしたストーリー自体は、たとえば「刑事コロンボ」ものなどにも見られ、いまでは、ミステリー映画としては珍しくないのだが、この映画が作られた当時には奇想天外に映ったに違いない。 この映画のテーマは、殺人事件だが、普通殺人には動機があるものだ。 ところがこの映画には、その動機が見当たらない。 犯人は二人いて、彼らが共通の友人をロープで絞殺するのだが、何故その友達を殺したのか、動機が釈然としないのだ。 二人の犯人のうちのリーダー格は、一応動機らしいことを言う。 それは、強者には弱者を殺す権利があるという理屈だ。 普通は、こんな理屈から人を殺す人間はいない。 ところがこの映画の中の犯人は、この、理屈にもならぬ理屈を唯一の動機として、平然と友人を絞め殺すということになっている。 以上のようなわけで、この映画は、非常に変った映画なのである。 舞台は、上述したように、高僧マンションの一室だ。 そこで、二人の男、ブランドン(ジョン・ドール John Dall )とフィリップ(ファーリー・グレンジャー Farley Granger )が一人の男の首をロープで絞めて殺害する。 彼らはその死体を収納箱の中に入れた後、この部屋でパーティを催す。 実は、このパーティは最初から予定されていて、何人かの人々が招待されていたのだ。 殺された男も招待客の一人で、犯人たちとはハーバードの同級生だったということになっている。 その友人を殺した二人が、他の客を何気ない顔で招待し、パーティを始める。 客には、別の友人の外、殺された男の親や、ハーバードの舎監などもいる。 客たちは、招かれた客の一人がいないことを、最初は軽く受け取っていたが、この男がめったに約束を破る事のない男なので、やがて変だと思うようになる。 父親が一番心配になるのは当然のこととして、舎監のルパート(ジェームズ・スチュワート James Stewart )も、そこに何かあると疑うようになる。 というのも、犯人の二人の言動がどうも変なのだ。 彼らには落ちつきがなく、ちょっとしたことで怒り散らす。 また、強い者には弱い者を殺す権利があるなどと、異様な発言もする。 そうした異様な発言を、舎監のルパートも最初は支持しているような様子を見せるが、やがてその異様さが度を超えているので、反発を感じたりもする。 そのうち、決定的な瞬間がやってくる。 パーティが終り、帰ろうとして、家政婦から帽子を手渡されたルパートが、その帽子が殺された男のものだと気づくのだ。 この帽子があるということは、件の男がこの部屋にやって来たということを意味する。 もしかしたら、まだこの部屋にいるのかもしれない。 生死は別のこととして。 このように考えたルパートは、一芝居打つことにする。 一旦外へ出た後、理屈をつけて再び戻ってきて、二人を追求しようというのだ。 こうして、舞台は山場を迎える。 ルパートは、二人を前に、自分の推理を開陳する。 二人はその推理が概ねあたっていることに驚きながら聞いている。 そして、ルパートが自分たちにとって危険な存在だと思い始め、ルパートを銃で殺そうともする。 実際ルパートは殺されかかるのだが、そこは超人的な力を発揮して乗り越えるばかりか、遺体を収容した箱の中の暴露にも成功する。 その上でルパートは、二人に向って説教する。 どんな人間にも、他の人間を殺す権利はないのだと。 そこは舎監だけのことがあって、ルパートの説教は結構リアリティを感じさせるのだ。 以上のストーリーが、たった一つの場面設定の中で、80分かけて演じられる。 とにかく変わった映画だと言えよう。 ルパートを演じたジェームズ・スチュアートは、斜に構えたインテリの雰囲気がよく出ていた。 ジェームズ・スチュアートと言えば、アメリカの良心を体現した俳優などとよく言われるが、この映画の中では、ちょっと変わったインテリを上手に演じている。 どことなく定まらない視線とか、ぎごちなさを感じさせる動作とか、独特の雰囲気がある。 ヒッチコックは彼が気に入ったと見えて、この後も引き続き、合計四本の作品に使っている。 || 作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved C 2013-2016 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである.

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|||| ||||| ロープ( Rope ):アルフレッド・ヒッチコック アルフレッド・ヒッチコック( Alfred Hitchcock )の映画「ロープ( Rope )」は、色々な点で映画作りの常識を破るような作品である。 まず、構成が型破りだ。 作品全体が、ワンシーン・ワンカットでできている。 舞台はマンションの一室で、そこに複数の登場人物が出てきて、様々な会話を交わすという設定だ。 まるで、一幕ものの舞台を見ているような感じなのだ。 舞台と違うところは、適度にカメラアングルを変えたり、クローズアップを挟んだりして画面にある程度の変化をもたらしているところだが、それにしても、普通の映画とは全く違うイメージでできている。 また、これはミステリー映画なのだが、普通のミステリー映画とは大分異なっている。 映画の最初の所で殺人事件が起こる。 その事件を別の登場人物が暴いていく、というようなストーリーだ。 こうしたストーリー自体は、たとえば「刑事コロンボ」ものなどにも見られ、いまでは、ミステリー映画としては珍しくないのだが、この映画が作られた当時には奇想天外に映ったに違いない。 この映画のテーマは、殺人事件だが、普通殺人には動機があるものだ。 ところがこの映画には、その動機が見当たらない。 犯人は二人いて、彼らが共通の友人をロープで絞殺するのだが、何故その友達を殺したのか、動機が釈然としないのだ。 二人の犯人のうちのリーダー格は、一応動機らしいことを言う。 それは、強者には弱者を殺す権利があるという理屈だ。 普通は、こんな理屈から人を殺す人間はいない。 ところがこの映画の中の犯人は、この、理屈にもならぬ理屈を唯一の動機として、平然と友人を絞め殺すということになっている。 以上のようなわけで、この映画は、非常に変った映画なのである。 舞台は、上述したように、高僧マンションの一室だ。 そこで、二人の男、ブランドン(ジョン・ドール John Dall )とフィリップ(ファーリー・グレンジャー Farley Granger )が一人の男の首をロープで絞めて殺害する。 彼らはその死体を収納箱の中に入れた後、この部屋でパーティを催す。 実は、このパーティは最初から予定されていて、何人かの人々が招待されていたのだ。 殺された男も招待客の一人で、犯人たちとはハーバードの同級生だったということになっている。 その友人を殺した二人が、他の客を何気ない顔で招待し、パーティを始める。 客には、別の友人の外、殺された男の親や、ハーバードの舎監などもいる。 客たちは、招かれた客の一人がいないことを、最初は軽く受け取っていたが、この男がめったに約束を破る事のない男なので、やがて変だと思うようになる。 父親が一番心配になるのは当然のこととして、舎監のルパート(ジェームズ・スチュワート James Stewart )も、そこに何かあると疑うようになる。 というのも、犯人の二人の言動がどうも変なのだ。 彼らには落ちつきがなく、ちょっとしたことで怒り散らす。 また、強い者には弱い者を殺す権利があるなどと、異様な発言もする。 そうした異様な発言を、舎監のルパートも最初は支持しているような様子を見せるが、やがてその異様さが度を超えているので、反発を感じたりもする。 そのうち、決定的な瞬間がやってくる。 パーティが終り、帰ろうとして、家政婦から帽子を手渡されたルパートが、その帽子が殺された男のものだと気づくのだ。 この帽子があるということは、件の男がこの部屋にやって来たということを意味する。 もしかしたら、まだこの部屋にいるのかもしれない。 生死は別のこととして。 このように考えたルパートは、一芝居打つことにする。 一旦外へ出た後、理屈をつけて再び戻ってきて、二人を追求しようというのだ。 こうして、舞台は山場を迎える。 ルパートは、二人を前に、自分の推理を開陳する。 二人はその推理が概ねあたっていることに驚きながら聞いている。 そして、ルパートが自分たちにとって危険な存在だと思い始め、ルパートを銃で殺そうともする。 実際ルパートは殺されかかるのだが、そこは超人的な力を発揮して乗り越えるばかりか、遺体を収容した箱の中の暴露にも成功する。 その上でルパートは、二人に向って説教する。 どんな人間にも、他の人間を殺す権利はないのだと。 そこは舎監だけのことがあって、ルパートの説教は結構リアリティを感じさせるのだ。 以上のストーリーが、たった一つの場面設定の中で、80分かけて演じられる。 とにかく変わった映画だと言えよう。 ルパートを演じたジェームズ・スチュアートは、斜に構えたインテリの雰囲気がよく出ていた。 ジェームズ・スチュアートと言えば、アメリカの良心を体現した俳優などとよく言われるが、この映画の中では、ちょっと変わったインテリを上手に演じている。 どことなく定まらない視線とか、ぎごちなさを感じさせる動作とか、独特の雰囲気がある。 ヒッチコックは彼が気に入ったと見えて、この後も引き続き、合計四本の作品に使っている。 || 作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved C 2013-2016 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである.

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