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網走市貸付型奨学金制度 令和2年度網走市奨学生を募集します 目的 能力があるにもかかわらず、経済的な理由によって修学困難な学生に奨学金及び入学準備金を貸し付けし、社会に有用な人材を育成することを目的とします。 ・卒業後、1年経過後に返還が始まります。 ・返還開始の際は奨学金等借用証書、返還明細書等を提出していただきます。 ・連帯保証人が2名必要です。 ・返還期間は10年以内です。 募集期間 1次募集/令和2年2月14日(金)~3月20日(金)まで 2次募集/令和2年3月20日(金)以降随時 応募方法 願書及び添付書類を市内各中学校・高等学校又は網走市教育委員会で受け取り、必要事項を記入して網走市教育委員会へ提出してください。 決定時期と貸付時期 奨学生として決定した方(1次募集)には、4月上旬に在学学校長を通じ「奨学生決定通知書」を交付します。 また、初回分の貸付は4月上旬の予定です。 (2次募集で決定した方は、応募の時期により異なります。 ) お問い合わせ先 網走市教育委員会 学校教育課学務係 電話:0152-44-6111(内線335).

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北海道網走市から絞り込み• 稲富 0• 卯原内 0• 浦士別 0• 大曲(字) 0• 音根内 0• 海岸町 0• 嘉多山 0• 桂町 0• 北1条西 0• 北1条東 0• 北2条西 0• 北2条東 0• 北3条西 0• 北3条東 0• 北4条西 0• 北4条東 0• 北5条西 0• 北5条東 0• 北6条西 0• 北6条東 0• 北7条西 0• 北7条東 0• 北8条西 0• 北8条東 0• 北9条西 0• 北9条東 0• 北10条西 0• 北10条東 0• 北11条西 0• 北11条東 0• 北12条東 0• 北浜 0• 清浦 0• 向陽ケ丘 0• 越歳 0• 駒場 0• 栄 0• 三眺 0• 潮見 0• 潮見(字) 0• 昭和 0• 新町 0• 台町 0• つくしケ丘 0• 天都山 0• 豊郷 0• 中園 0• 錦町 0• 能取港町 0• 能取 0• 東網走 0• 二ツ岩 0• 二見ケ岡 0• 平和 0• 鱒浦(字) 0• 丸万 0• 美岬 0• 実豊 0• 緑町 0• 港町 0• 南1条西 0• 南1条東 0• 南2条西 0• 南2条東 0• 南3条西 0• 南3条東 0• 南4条東 0• 南5条西 0• 南5条東 0• 南6条西 0• 南6条東 0• 南7条西 0• 南7条東 0• 南8条西 0• 南8条東 0• 南9条西 0• 南9条東 0• 南10条西 0• 南10条東 0• 南11条西 0• 南12条西 0• 南13条西 0• 南14条西 0• 明治 0• 藻琴 0• 八坂 0• 山里 0• 呼人 0• 駒場北 0• 駒場南 0• 鱒浦 0.

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概要 [ ] 地名について [ ] 「網走」という地名の由来は諸説あり不明であるが、いずれもに漢字にあてたものとされている アイヌ語 意味 由来 表記 (式) 翻字 アパシリ apa-siri 漏る・地 洞窟があり、その口から滴が落ちていて雨漏りのようだったため。 チパシリ cipasiri - 岩神が「チパシリ チパシリ」と歌い舞った、 あるいは鳥が「チパシリ チパシリ」と鳴き飛んだという伝説から。 チパシ リ ci-pa-sir 我らが・見付けたる・岩 かつての南岸に、笠をかぶり立つ人の形をした白い岩があり、 アイヌが信仰の対象としたとされることによる。 は『戊午日誌』において、 網走湖口の幣場であった立岩「ヂバシリ」を名の起源としている。 我ら発見したる土地 cipa-sir 幣場(のある)・島 かつて漁に出る時に河口沖にある帽子岩 へ、 を捧げて祈ったことに由来する。 cipaは「祭壇」を意味する古語であり、 後のアイヌにその意が理解されなくなりci-pa-sirの解釈が生じたとされる。 地理 [ ] 東部に位置し、に面している。 丘陵地が多く、市街地は河口付近とその南側に続く上の平地にある。 北西部に、中部に、東部にがあり、内陸部は森や農村地帯が広がり、市域は「」の一部となっている。 美岬にあるの木は「」に選定され 、濤沸湖は2005年(平成17年)に「湿地」に登録された。 能取湖や濤沸湖のサンゴ草()群落は秋になる湖岸を真っ赤に染め、卯原内のサンゴ草群生地は「」に選定されている。 地形 [ ] 地勢は、網走川右岸の一部にある沖積土地帯を除きほとんど泥炭地で構成される平野で、網走湖は南から網走川が流れ込み、女満別川などを集めて北東部から再び網走川としてオホーツク海に流れている。 網走湖は網走川で、濤沸湖は北浜地区で海と繋がっているため汽水湖となっている。 濤沸湖の西にある藻琴湖周辺は三角州性低地を形成している。 また、市北西部にはオホーツク海に通じる海跡湖の能取湖があり、砂礫台地と岩石台地に囲まれている。 市街地南部は岩石台地で形成されている。 山地 [ ] 主な山• 三眺山• (207 m)• 大観山 河川 [ ] 主な川• 卯原内川• 網走川• 車止内川• 藻琴川• 浦士別川 湖沼 [ ] 主な湖• 能取湖• リヤウシ湖• 網走湖• 藻琴湖• 濤沸湖• 海岸 [ ] 主な岬• 能取岬• 卯原内ダム貯水池(2011年7月) 気候 [ ] 1年を通じて晴天が多く、年間降水量・降雪量は少ない。 海に面するため寒暖差も少なく、北海道としては比較的温暖な気候になっている。 1981年から2010年までの平年値は、年平均6. 6 ㎜となっている。 オホーツク海型気候の特色があり、夏の季節風は弱く台風による被害はあまり見られないが、の北東風が作物の生育に影響を及ぼすことがある。 冬には例年1月中旬から3月下旬までが到来する。 網走は、により都市化の影響が少ない観測地点として北海道の観測地点では、とともにの平均気温算出地点に選ばれているが 、温暖化が著しく特に冬季の平均気温が急激に上昇している。 これには諸説があり、の減少との関連性や観測露場における「日だまり効果」を指摘している説もある。 8 53. 2 11. 1 52 19. 7 67. 5 31. 9 89. 4 35. 4 95. 7 34. 0 93. 2 37. 0 98. 6 37. 6 99. 7 32. 2 90 27. 7 81. 9 21. 7 71. 1 17. 6 63. 7 37. 6 99. 4 27. 5 27. 5 1. 6 34. 9 8. 9 48 14. 2 57. 6 17. 2 63 20. 8 69. 4 23. 4 74. 1 20. 2 68. 4 14. 8 58. 6 7. 4 45. 3 0. 7 33. 3 10. 36 50. 5 22. 0 21. 9 28. 6 4. 4 39. 9 9. 4 48. 9 13. 1 55. 6 17. 1 62. 8 19. 6 67. 3 16. 3 61. 3 10. 6 51. 1 3. 7 38. 4 27. 7 6. 5 43. 4 15. 1 13. 5 22. 1 0. 4 32. 7 5. 4 41. 7 9. 8 49. 6 14. 0 57. 2 16. 6 61. 9 12. 9 55. 2 6. 6 43. 9 0. 1 32. 9 21. 4 2. 91 37. 4 9. 4 22. 3 0. 1 32. 2 2. 8 37 4. 1 39. 4 3. 3 37. 6 23. 3 11. 6 mm inch 54. 5 2. 146 36. 0 1. 417 43. 5 1. 713 52. 1 2. 051 61. 6 2. 425 53. 5 2. 106 87. 4 3. 441 101. 0 3. 976 108. 2 4. 26 70. 3 2. 768 60. 0 2. 362 59. 4 2. 339 787. 5 31. 004 cm inch 105 41. 3 81 31. 9 66 26 21 8. 3 1 0. 4 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0. 4 18 7. 1 85 33. 5 378 148. 9 平均月間 114. 3 139. 4 172. 4 177. 8 189. 0 174. 0 168. 7 172. 1 165. 2 160. 1 121. 3 115. 0 1,869. 2 26. 6 25. 5 0. 8 33. 4 8. 5 47. 3 14. 3 57. 7 16. 9 62. 4 21. 0 69. 8 22. 8 73 19. 8 67. 6 14. 2 57. 6 6. 8 44. 2 0. 7 33. 3 9. 9 49. 5 20. 7 27. 1 4. 1 39. 4 9. 4 48. 9 12. 8 55 17. 1 62. 8 19. 1 66. 4 15. 7 60. 3 10. 0 50 3. 2 37. 5 27. 5 6. 0 42. 3 13. 4 11. 4 20. 5 0. 2 32. 4 5. 3 41. 5 9. 3 48. 7 13. 9 57 16. 0 60. 8 12. 2 54 6. 3 31. 9 21. 4 2. 4 36. 網走市 - 能取港町、北1条西 歴史 [ ] 網走地方における人類の生活がはじまったのは約2万年前からであるとされている。 北海道でとなっていた5世紀ころ、沿岸ではが起こりが終わる13世紀ころまで約800年続き、やにもあったとされている。 少数民族のによって樺太南部ではじまったとされ 、北方民族の生活スタイルを継承して北東アジアの影響を受けている。 オホーツク文化後期(9世紀から13世紀ころ)になると擦文文化の影響を受け、両方の文化が融合したが生まれ 、それまでの海岸居住に留まらず、内陸部への居住も見られるようになった。 なお、道北では9世紀ころにオホーツク文化が擦文文化に吸収されたとしている。 最寄貝塚()はオホーツク文化最大のとして国の「」に指定されている。 は樺太の先住民族で「オロッコ」と呼ばれ、ニヴフは「ギリヤーク」とも呼ばれていたが 、それぞれ独自の言語を持っており、とも近い関係にあった。 終戦後、日本領土であったサハリン(樺太)にいて日本国籍を持ち旧日本軍に徴用された両民族の一部の人達は日本へ強制送還された。 その先の1つが網走市であった。 ミス網走といえる網走市の「流氷パタラ」のパタラとは、に由来しており、「お嬢さん」の意味がある。 沿革 [ ] 「あばしりの年譜」「網走市統計書 平成26年版 年表」参照• (10年):谷口青山の「自高島至舎利沿岸二十三図」の第二十二図にアバシリ沿岸および番屋が描かれる。 ( 09年):、アバシリ川河口右岸に弁天社を創祀(祭神は、のちに町民が譲り受けて厳島神社となる)。 ( 04年):網走初のストーブ(宗谷製)、毛布、コーヒー使用。 (安政 05年):がアバシリ川を溯り『戊午日誌』(西部安婆之利日誌)を著わす。 (元年):藤野家、アバシリ川河口右岸にを創祀(明治28年にオショップに移築)。 ( 02年):来網、ポンモイの柱状節理を見る。 (明治 04年):がすべて平民に編入され、身分上の差別撤廃。 (明治 05年):がと改められ、の呼称が定まり、アバシリ村となる。 官立病院設置。 (明治 06年):アバシリ村に根室支庁網走出張所を置き、紋別・常呂・網走・斜里の各郡およびを所轄、に分局設置。 (明治 08年):漢字をあてて、網走村となる。 (明治 09年):アイヌに苗字を与えて待遇上の差別を取り除き、特別保護を廃止。 (明治13年):網走郡役所開庁。 (明治14年):網走村網走川河口部右岸に市街地を区画し「北見町」と命名、宅地の払い下げ開始。 (明治15年):町田孫六が川向の橋のたもとを開墾し、網走で初めて専業農家を始める(馬鈴薯、大根、麻など)。 (明治17年):、クルマトマナイに漆樹林発見(安政6年前後に宮崎三右衛門によって会津から移植されたものと推定)。 (明治23年):釧路監獄署網走囚徒外役所(の前身)開設。 (明治24年):釧路集治監網走分監設置。 後に北海道集治監網走分監となる。 収容者のにより北見方面への道路開通。 (明治30年):移民団が網走に上陸、野付牛村(現在の)の北光社農場へ向かう。 網走に船便での第1陣到着。 (明治35年):網走郡網走村、北見町、(いさに)、(にくりばけ)を合併し2級町村制施行、網走郡網走町となる。 (明治39年):私設網走新聞雑誌従覧所開設(翌年に網走図書館と改称)。 (明治41年):広島県にあるの分霊を迎えニクル(桂町)に創祀。 (明治43年):クルマトマナイ の造園工事で応永の年号がある発見。 (元年):網走—野付牛間の鉄道開通し、開設。 (大正 02年):がを発見し網走に移住。 電話交換業務開始。 (大正 04年):、と合併して1級町村制施行。 東洋捕鯨会社が大字最寄村タンネシラリ(二ツ岩裏)に網走事業場開設 、での開始。 (大正 06年):完成。 (大正10年):網走街から女満別村(後の、現在の)分村。 (大正11年):庁立網走中学校(の前身)、庁立網走高等女学校(かつてあったの前身)開校。 (大正12年):帽子岩ドック完成。 (大正14年):網走支庁長渡辺勘一が「天都山」(てんとさん)命名。 の網走 - 斜里間開通。 ( 06年):女満別町との境界線を変更。 (昭和11年):湧網東線の網走 - 卯原内間開通(1987年廃止)。 北見郷土館(現在の)開館。 (昭和13年):網走町の字名・字界・地番・南北条・東西丁目を改正。 (昭和17年):網走水産指導所(現在の水産研究本部網走水産試験場)設置。 (昭和20年):米軍機が網走に襲来()。 (昭和22年):市制施行、網走市となる。 東藻琴村分村。 戦後初ので中川イセ(本名:いせよ)が、初の女性議員として網走市議会議員当選。 (昭和24年):網走消防本部・消防署開庁式。 網走漁業協同組合設立。 (昭和31年):開館(2002年閉館)。 (昭和33年):「」指定。 (昭和35年):網走熱帯植物園開園(1971年閉園)。 (昭和38年):水没遺跡の網走湖底遺跡で日本国内初の潜水発掘調査が行われる。 日本国内では20世紀最後となる皆既日食観測。 北海道冷凍魚肉協会(現在の全国すり身協会)設立。 (昭和41年):『オホーツク流氷まつり』初開催。 モヨロ貝塚館開館。 (昭和42年):開館。 (昭和47年):開館。 網走市開基100年・市制施行25年記念式。 (昭和49年):北海道網走養護学校開校。 (昭和53年):が「」指定。 (昭和54年):天都山展望台開設。 (昭和55年):能取漁港開港。 (昭和58年):開館。 (昭和60年):開館。 (昭和61年):ポートアルバーニ市と姉妹都市提携。 (元年):生物産業学部(オホーツクキャンパス)開学。 (平成 03年):流氷砕氷船「おーろら」就航。 市内3農協が合併し(JAオホーツク網走)設立。 オープン。 (平成 04年):網走市水産化学センター完成。 (平成 05年):網走市保健センターオープン。 (平成 06年):オートキャンプ場「てんとらんど」オープン。 (平成 08年):全面開園。 (平成10年):オホーツクドームオープン。 (平成11年):網走市農業協同組合が解散し、オホーツク網走農業協同組合と合併。 (平成12年):(エコセンター2000)オープン。 (平成13年):と友好都市提携。 (平成14年):レイクサイドパーク・のとろオープン。 (平成16年):と観光物産等相互交流協定締結。 (平成17年):と友好都市提携。 (平成18年):網走港帽子岩ケーソンドックが「」選定。 (平成19年):3月末時点の人口が、市制施行以来初めて4万人を割り込む(39,983人)。 翌月末に4万人台に回復するも2008年3月末に再び4万人を割り込む(39,557人)。 (平成21年):オープン。 北海道網走向陽高等学校とが統合し、新設校開校。 (平成22年):「」登録(みなとオアシス網走)。 支庁制度改革の一環により網走支庁がと改称。 (平成24年):濤沸湖水鳥・湿地センターオープン。 「」加盟。 (平成29年):日本体育大学附属高等支援学校開校。 (平成31年):「FM ABASHIRI」開局。 政治 [ ] 行政 [ ] 役所 [ ]• 市長 [ ] 歴代市長 歴代市長 氏名 就任年月日 退任年月日 代理 大島光雄(おおしま みつお) (昭和22年)2月11日 1947年(昭和22年)4月4日 初代 吉田栄吉(よしだ えいきち) 1947年(昭和22年)4月5日 (昭和30年)4月29日 2代 有末三郎(ありすえ さぶろう) 1955年(昭和30年)4月30日 (昭和34年)4月29日 3代 遠藤熊吉(えんどう くまきち) 1959年(昭和34年)4月30日 (昭和38年)12月20日 4代 佐藤忠吉(さとう ちゅうきち) (昭和39年)2月2日 (昭和49年)10月17日 5代 (あんどう てつお) 1974年(昭和49年)12月1日 (平成10年)11月30日 6代 大場脩(おおば おさむ) 1998年(平成10年)12月1日 (平成22年)11月30日 7代 (みずたに よういち) 2010年(平成22年)12月1日 現職 市民憲章・宣言 [ ] 網走市民憲章 わたしたちは、母なるオホーツクの海に抱かれ、湖と森の美しい自然にかこまれた網走の市民です。 わたしたちには、遠いむかしから風雪にたえぬいて、この地を切り拓いてきた、たくましい先人の心がうけつがれています。 わたしたちは、このまちの市民であることに、かぎりない喜びと誇りをもち、のびゆく網走の良い市民となる願いをこめて、ここに市民憲章を定めます。 1、うみやまの深いみどりをいつまでも美しく、心豊かなまちをつくりましょう。 1、うけついだ文化にまなび、世界の人々と手をつなぎ、新しいオホーツク文化のまちをつくりましょう。 1、たがいにまごころをもってつきあい、老人を大切にし、子どもの夢をそだてるしあわせなまちをつくりましょう。 1、元気で仕事にはげみ、いきがいのあるまちをつくりましょう。 1、みんなが力をあわせ、人のいのちをだいじにする、明るく住みよいまちをつくりましょう。 — 昭和47年7月17日制定 都市宣言 「都市宣言」参照• 交通安全都市宣言(昭和39年9月30日)• 人権擁護都市宣言(昭和48年12月20日)• 平和都市宣言(平成3年9月17日)• 健康・スポーツ都市宣言(平成21年9月15日) 議会 [ ] 市議会 [ ] 「網走市議会」参照• 議員定数16人• 定例会(年4回)• 臨時会• 委員会• 常任委員会(総務経済委員会・文教民生委員会)• 特別委員会• 議会運営委員会• その他• 会派代表者会議• 会派代表者会議• 議員全員協議会 国家機関 [ ] 官公庁 [ ]• (エコセンター2000)• モヨロ貝塚館• 網走市立図書館• 網走市保健センター• 網走市総合福祉センター• 網走市こども発達支援センター『ふわり』• 網走女性センター• 網走市市民活動センター• 網走市食品加工体験センター「みんぐる」• 網走市勤労者総合福祉センター(ソレイユ)• 網走市勤労青少年ホーム• 網走市地域子育て支援センター「ひまわり」• 網走市地域子育て支援センター「どんぐり」• 網走市水産科学センター• 網走青果地方卸売市場• 網走市農村環境改善センター• 網走市農業総合管理センター• 網走市農産物高次加工研究所• 網走小麦集出荷施設• 網走市廃棄物処分施設• 網走市八坂火葬場• 網走市立郷土博物館(2011年9月) 運動施設 [ ] 網走市の夏は晴れの日が多く、日照時間が長いのが特徴となっている。 1988年(昭和63年)に気候やトレーニング環境が評価され、4種目(、、(女子)、(長距離))でソウルオリンピックの事前合宿地となったことをきっかけにスポーツ合宿への取り組みがスタートした。 はじめ陸上競技、、、、ボート競技、、などの合宿が行われているほか 、と連携して周辺自治体でスポーツ合宿誘致に向けた取り組みを行っている。 は天然芝フィールド7面、全天候型テニスコート16面、野球場、ソフトボール場、アーチェリーー場、投てき競技専用の練習場を備えており 、毎年夏には観戦可能なラグビー練習試合『網走ラグビーフェスティバル』を開催している。 網走市営陸上競技場では陸上競技の大会『』を開催しており、2013年(平成25年)には長距離競歩における(JOC)認定競技別強化センターとなった。 JAオホーツク網走本所(2018年8月) 第一次産業 [ ] 農業 [ ] 農業では北海道内有数の地帯となっており 、大型機械を導入した営農集団組織により類、馬鈴薯()、を中心とした大規模営農を展開しているほか 、、、などの野菜類や、も行っている。 漁業 [ ] 漁業は網走沿岸において沖合底曳網、きちじ延縄、定置網、ホタテ桁、かに固定式刺網、毛がに篭などにより漁業を営んでいる。 網走市は日本最北の捕鯨基地でもあり、市内の捕鯨業者が沿岸小型捕鯨業()を行っている。 また、市内には湖が複数あることからも行われており、、、、、などの漁が営まれている。 第三次産業 [ ] 商業 [ ] ショッピングセンター• ライトコーポレーション• 「アルサキット」• 網走交通()• 網走タイムズ社• 網走ハイヤー(タカハシグループ)• (タカハシグループ)• 網走ビール(タカハシグループ)• インターファーム(日本ハムグループ)• 金印アグリ• (タカハシグループ)• 鶴雅リゾート()• (、旧)• (タカハシグループ)• 日専連オホーツク網走• 日本フードパッカー(日本ハムグループ)• 日本ホワイトファーム(日本ハムグループ)• 情報・通信 [ ] マスメディア [ ] 新聞社 [ ]• 網走通信部• 網走通信局• 網走支局• 網走支局 通信社 [ ]• 網走支局 放送局 [ ] テレビ放送• 網走支局 ラジオ放送• (FM ABASHIRI) 生活基盤 [ ] ライフライン [ ] 電力 [ ]• 網走営業所 上下水道 [ ]• 網走市水道部• 網走浄化センター(下水道) 教育 [ ] 東京農業大学オホーツクキャンパス(2010年3月) 大学 [ ] 私立• オホーツクキャンパス 専修学校 [ ]• 網走文化専門学校 高等学校 [ ]• - 道立と私立を統合し新設 中学校 [ ] 市立• 網走市立第一中学校• 網走市立第二中学校• 網走市立第三中学校• 網走市立第四中学校 - 藻琴・北浜・浦士別・音根内の各校を統合し新設• 網走市立第五中学校 - 能取・嘉多山・卯原内の各校を統合し新設 小学校 [ ] 市立• 網走市立網走小学校• 網走市立中央小学校• 網走市立西小学校• 網走市立潮見小学校• 網走市立南小学校• 網走市立西が丘小学校 - 卯原内・嘉多山・二見ヶ岡・能取の各校を統合し新設• 網走市立東小学校 - 藻琴・山里・稲富・中園・東網走・豊郷の各校を統合し新設• 網走市立白鳥台小学校 - 北浜・浦士別・音根内・丸万の各校を統合し新設 小中学校 [ ] 市立• 網走市立呼人小中学校 特別支援学校 [ ]• 北海道網走養護学校• 日本体育大学附属高等支援学校 幼児教育 [ ] 認定こども園 [ ]• 認定こども園 つくし 保育園 [ ]• 網走市立すずらん保育園• 網走市立たんぽぽ保育園• 網走市立ひまわり保育園• 潮見保育園 幼稚園 [ ]• 網走幼稚園• 網走若葉幼稚園• 網走藤幼稚園• 桂幼稚園• 潮見幼稚園 学校教育以外の施設 [ ]• 網走地方高等職業訓練校(網走市能力開発センター)• 網走自動車学校 交通 [ ] 廃止となった路線• (国鉄)• :網走駅 - - - - - - -• バス [ ] 路線バス [ ]• 市内線、、小清水町方面、北見市常呂方面、方面季節運行路線• 大空町東藻琴方面• 方面 高速バス [ ]• 網走バス・・(共同運行)• 札幌市方面「ドリーミントオホーツク号」• 網走バス• 方面「千歳オホーツクエクスプレス」 タクシー [ ]• 網走ハイヤー• 網走北交ハイヤー 道路 [ ] 市内を通る一部道路は、の「東オホーツクシーニックバイウェイ」になっている。 国道 [ ]• (・との)• (・との重用区間)• (との重用区間)• 道道 [ ]• 北の新大陸発見! あったか網走(1月から3月)• あばしりオホーツク流氷まつり(2月)• オホーツク屋台村(2月中旬)• オホーツクあばしりツーデーマーチ(でっかいどうオホーツクマーチの網走ステージ。 6月上旬)• インターナショナルオホーツクサイクリング(7月)• あばしりオホーツク夏まつり(7月)• あばしり七福神まつり(9月)• 能取湖さんご草祭り(9月)• 「はな・てんと」まつり(9月)• オホーツク網走フィルムフェスティバル(11月) 名産・特産 [ ] 1960年(昭和35年)に網走市の道立水産試験場で「無塩冷凍すり身」の技術が開発されたため 、網走は発祥の地になっている。 、・オホーツクサーモン()、、、、は網走の代表的な魚介類となっている。 ほかにはの「網走ビール」、ブランド和牛の「オホーツクあばしり和牛」などがある。 としては、オホーツクサーモンと塩だけで熟成、ろ過した天然の調味料「白魚醤油」に漬け込んだザンギ()を使用した「」 、オホーツクの魚介類と網走発祥のすり身をオホーツク土器に見立てた特製の鍋で食べる「」 、オホーツク産のホタテ干貝柱を使用した「」 、「オホーツク流氷カリー」がある。 では、で「木の小さな子または人形」という意味で「幸運のお守り」として作られてきた「」 、北方系少数民族の伝統紋様「イルガ」をモチーフにした「サハリンイルガ」がある。 出身・関連著名人 [ ] 名誉市民 [ ]• (画家)• (映画監督、脚本家)• (演出家、コーディネーター)• (元プロ野球選手)• (日本国内における(オロッコ)最後のシャーマン)• (民族研究家、運動家)• (武道家)• (政治家、ジャーナリスト)• (小説家)• (商人)• (児童文学作家) マスコットキャラクター [ ]• 網走市マスコットキャラクター「ニポネ」• 2012年(平成24年)、一般公募によって誕生した。 網走を代表するとがモチーフとなっている。 胸には「網走市の花」であるのバッジを付けており、頭には北方系の民族をイメージしたハチマキを巻いている。 網走市を舞台とした作品 [ ] 「網走ロケーションガイド」参照• ニクリバケはアイヌ語で「ni(=木)kur(=影)pake(=頭)」の意。 ニクルとはアイヌ語で「ni(=木)kur(=影)」の意。 アイヌ語で「tanne(=長い)sirar(=岩)」の意。 「ポンモイ」とはアイヌ語で「pon(=小さい)moy(=入江)」の意。 網走市. 2015年11月5日閲覧。 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 2007年. 2017年10月20日閲覧。 正式名称「渡良岩」(カムイ・ワタラから転じた)。 , p. 北海道. 2015年11月5日閲覧。 2015年11月8日閲覧。 2015年11月8日閲覧。 まちづくり. 網走市. 2015年11月6日閲覧。 2015年11月6日閲覧。 近藤純正. 近藤純正ホームページ. 2015年11月6日閲覧。 気象庁. 2013年2月26日閲覧。 2017-01-27 CSV. Report. 総務省. 2017年5月20日閲覧。. , p. 2008年3月14日. 2019年4月8日閲覧。 , pp. 152-157. 2015年11月6日閲覧。 2017年8月5日閲覧。 2015年11月11日閲覧。 北海道建設新聞社. 2019年2月11日. 2019年4月8日閲覧。 , p. 135. 網走市. 2015年11月5日閲覧。 網走市. 2015年11月5日閲覧。 網走市. 2015年11月5日閲覧。 網走市. 2015年11月9日閲覧。 6-10 2015年2月. 2015年11月9日閲覧。 網走市. 2015年11月9日閲覧。 (JOC). 2019年4月8日閲覧。 網走市. 2015年11月5日閲覧。 , p. 2015年11月5日閲覧。 2-3. 北海道網走桂陽高等学校. 2018年6月17日閲覧。 網走歴史の会. 2018年6月17日閲覧。 網走歴史の会. 2018年6月17日閲覧。 網走市立西が丘小学校. 2018年6月17日閲覧。 網走市立東小学校. 2018年6月17日閲覧。 網走市立白鳥台小学校. 2018年6月17日閲覧。 シーニックバイウェイ北海道. 2015年10月27日閲覧。 網走市. 2015年11月5日閲覧。 - 文化遺産オンライン()• - 文化遺産オンライン()• - 文化遺産オンライン()• 4 , 2016年4月19日閲覧。 新・監獄日誌. 網走監獄保存財団 2016年2月10日. 2016年4月19日閲覧。 2016年2月26日. の2016年6月30日時点におけるアーカイブ。 2019年4月8日閲覧。 2015年11月7日閲覧。 網走市. 2015年11月7日閲覧。 北海道ファンマガジン 2010年1月15日. 2015年11月7日閲覧。 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。 2015年11月7日閲覧。 北海道ファンマガジン 2009年1月26日. 2019年4月8日閲覧。 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。 参考資料 [ ]• 編集兼発行・小島喜代治『観光北海道 1956年版』(、1956年08月30日発行)• 佐藤久発行・佐藤紘一編集『網走大鑑 昭和48年版』(、1972年11月05日発行)• 佐藤久発行『1955版 網走大鑑』(、昭和二十九年十一月三日発行)• 網走小史編集委員会編集・ぎょうせい監修『新網走小史』(網走市総務部、1987年12月30日発行)• 網走小史編集委員会編集『新網走史年表』(網走市総務部、1987年12月30日発行)• 日本国有鉄道北海道総局 著 『北海道駅名の起源』 1973• 知里真志保 著 『知里真志保著作集 第3巻 生活誌・民族学編 』 1973• 網走市 2009年. 2015年11月6日閲覧。 網走市 2009年. 2015年11月6日閲覧。 網走市地域防災計画【基本編】. 網走市 2012年. 2015年11月5日閲覧。 網走市 2013年. 2015年11月6日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月5日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月5日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月6日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月5日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月5日閲覧。 網走市 2014年. 2015年11月5日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 には、 (英語)に関する情報があります。 外部リンク [ ] 行政• abashirisi - 産業• - 観光•

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